Tuesday, June 16, 2009

人間と情報との関係はインターフェースに大きな影響を受ける

自分に加わった視点:
人間と情報との関係はモノ(インターフェース)に大きな影響を受ける

現状の不自由を受けたインターフェースの進化

光情報の伝達として、カメラ/ディスプレイがよく使われる。
ビジュアルの伝達に関してはカメラ/ディスプレイのインターフェースが十分だと考えがちであるが、すこし考えてみてほしい。ある風景を人に伝えようとしていて、そこの写真を撮って相手に送った。受け取って見た相手が感じるクオリアは現実にその場所にいったそれと同じであろうか。きっと違うであろう。その場の音や空気の流れを想像はしてみても、現実感といったものは感じられない。
ではビデオカメラでビデオを撮って、映像として伝えたらどうか。その場の大気のサンプルをとって、匂いも伝えたらどうか。それでも現実とは決定的な差を感じるに違いない。
モノ(風景)から情報(写真)を剥ぎ取ろうとするとき、かならず取りこぼした情報がある。その失われた情報無しでは、人は剥ぎ取った情報(写真)を得ても元のモノ(風景)を復元/想像できない。いわば非可逆圧縮したものを解凍して復号しているようなものである。このようなモノを扱う上でのインターフェースの不自由は、情報を用いるコミュニケーションの大きな障害となってしまう。

そして一方で、人体というインターフェースの不自由さが目につくようになってきた。
人がモノを操作するときにもこのようなインターフェースの不自由が顕著になる。進化によって手を器用に使えるようになっても、極端にデリケートな作業、たとえば脳外科手術などは手より緻密な作業が可能なロボットアームに頼るしかないし、人体が耐えられないほどの過酷な現場に行くにはロボットスーツのようなものが必要になるし、現代の戦争でより遠くの敵を確実に殺すにはUAVのドローンのように遠隔操縦の飛行機を使う。
人体をインターフェースととらえることによって、改善、デザインといった手法が人体にも適用できるのではないかと考え始めた。これがサイバネティクスを生み、AIの研究にも役立ってきている。

これらの不自由さを解決しようとして、インターフェースは拡大してきている。BCIやTUIはモノ側(TUI)とヒト側(BCI)へのインターフェースの拡大であり、少しでも人が多様なモノを扱えるようにしたいという願望から生まれたものなのかもしれない。

新しい視点でのアプローチ

私は所属する研究会で、地理情報を扱った研究をしている。散在した地理情報を統合して管理することにより、地球に情報のレイヤーをかけたような「デジタルアース」の構築を主眼において関連したプロジェクトを進めている。そこで例年行われてきたプロジェクトは、地理情報を統合管理したことで、地球で起こりそうな災害を広い範囲で予想できるようになったり、自然エネルギーで発電できる量をマッピングして地図の一レイヤーとして公開するなど静的な成果を目指すものが多かった。
しかしこの授業を受けて、地理情報にアクセスするインターフェース、また地球そのものにアクセスする人体というインターフェースの有り様に興味が出てきた。Google Mapストリートビュー、Google Earthなどによって簡単にテレイグジスタンスを感じることのできるシステムが整備されてきたこともあり、人間があるインターフェースを通して地球、ないしは地理情報にアクセスする機会が多くなってきている。そのうえで、地理情報の統合管理の次の課題として、それらと人間を結ぶインターフェースがどう進化できるか。それによって世界にどんないい影響をあたえられるかを考えたい。


後半の授業ではモノとモノ(O-O)のコミュニケーションに関して、オリジナルのモノからの非可逆圧縮が行われているという事実を心に留めながら、そこでのコミュニケーションの特徴や目指すべき未来についてを重点的に考えたい。モノとモノがコミュニケーションすることによって、どんな人間にはできないことが実現できるだろうか。コミュニケーション可能なものは、数を数えると人間の数を凌駕する規模である。これらのコミュニケーションが活発になったらブレインストーミングの”ストーム”の規模は爆発的になる。とても楽しみだし、ある意味その扱いを慎重にしなければ手におえない大惨事になる可能性もある。とても刺激的なトピックになるだろう。

新しいモノと情報との関わり方であるAugmented Reality(拡張現実)は、上述した「モノから情報を剥ぎ取って」扱うものとは違って、オリジナルのモノに情報を付加するものである。これは私が参加しているプロジェクトのような地理情報をあつかうものとは非常に相性がいい。剥ぎ取ったデータを逆にオリジナルに付加することによってモノに新たな価値を生み出すことで具体的にどんなことが可能になるかを考えながら、授業や研究に取り組みたい。